ミニオン君とカピバラ君(イベント)

広報官のリシオです。

今回はミニオン君からの依頼となります。

鍋祭りの装飾で使うパンプキンを入手するためのお手伝いをお願いしたいそうです。

まず、農家に向かいパンプキンを入手後、辺境に住む彫刻家の元を訪れ、パンプキンに素敵な図柄を彫ってもらう流れになります。

 

なお、農家の方は冬の期間に必用な食料と交換で応じてくれるそうなので「保存のきく食材を持ってきてくれると助かるミニ」とミニオン君が言っておりました。


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◆開催日時:10月29日(木)22:00~  
◆集合場所:Britain広場

※集合場所付近はリコールできないようになりますのでご注意ください。

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注意事項:
◆ 予期せぬ出来事が発生するかも知れません!貴重品はなるべく持ち込まないよう、お願いします。
◆ 以下に該当の場合、あるいはEMが問題ありと判断した場合はコールのうえ、イベント中止の措置を取らせていただく場合があります。
 - イベント進行の妨害、かく乱行為。
 - EM、あるいはほかのプレーヤーに対する侮辱的発言、またはそれに準ずる行為。
◆ 皆さんのイベントです。マナーを守って楽しく参加しましょう!

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プロローグ

 

 ここは王都ブリテインにある王立広報室。

 

 上品なキノコティーの香りが漂い、窓からは朝の陽光が優しく降り注ぐ。雰囲気だけは王宮並みの優雅さを感じさせる部署である。


「室長。先日の魔獣と思われるカピバラですが、依然として行方をくらませたままです。ガードにも情報を共有しているので、何かあればこちらへ連絡が入ることになっています」


「わかったにゃ」


 報告を受けた室長のネコマタコは、手元のカップにそっと口をつける。


 本日のキノコティーは、喫茶シャンピニョンの十月限定ブレンドだ。

 

 今月はハロウィンが近いこともあり、ほのかにパンプキンの甘い香りが漂う素敵な一杯である。

 


「そういえば室長。マーキュリ先輩の姿を最近見かけませんが、どこに行かれているかご存知ですか?」


「あー……今は『ミズホ』に行ってるみたいだにゃ……」

 


 どことなく歯切れの悪い室長。

 


「それは王室からの極秘オーダーか何かで?」

「まぁ……そんなところにゃ」

 


 空気を読める人間ならここで深くは追求しないところだが、生憎とそれが苦手なリシオは遠慮なく踏み込んでいく。

 


「なるほど。ミズホとはどのような世界なのでしょうね?先輩から断片的に聞いている情報から推測するに、クリドラが跋扈し、人類は存亡の危機にあったりするけど、なぜか希望に満ちたところですか?」


「みゃーもそれが気になって、調べたことがあるにゃ」

 


 室長は以前、マーキュリ本人や森の賢者亭に集う面々に、ミズホと呼ばれる世界について尋ねたことがあった。

 


「ここと同じような世界だにゃ。ニュジェルムのカウンセラーホール付近で度々クリドラの目撃情報はあるものの、決して世界中を跋扈しているわけじゃなく、人類もしっかりと平穏に存在しているそうにゃ」


「なるほど。ニュジェルムの件は非常に気になりますが……意外と普通なんですね」

 


 かつて世界を構成する宝珠が砕け散り、その破片の数だけ並行世界が存在するらしい。ブラックソンをはじめとした主要な人物は各世界に共通して存在するが、一般人に関してはその限りではないようだ。


 もちろん、この広報室の面々も一般人に含まれる。

 


「……ということは、ミズホのグッドイーツにはサキちゃんがいない可能性があると?」


「そういうことにゃ。もちろん、別のかたちで存在する可能性もあるけどにゃ」


「なるほど……」と、リシオは少し残念そうに唸った。

 


 もしミズホの世界にもう一人のマーキュリー先輩が存在して、その二人が遭遇でもしたら、一体何が起きるのだろうか……?

 
 一瞬だけ想像しようとしたリシオだったが、宇宙規模の恐ろしい結末しか予見できなかったため、即座に思考を放棄した。

 


「その……先輩の件ですが、年末にかけては広報室も依頼が増える傾向にあります。できればこちらに居てほしいところなのですが」

 


 これからの時期は何かと催し物が多いシーズンとなり、それに伴って市民からの依頼も右肩上がりに増えていく。それは人間だけでなく、ミニオン君など人ならざる者たちからの依頼も同様であった。

 


「わかったにゃ。みゃーから連絡を入れておくにゃ」

 

「よろしくお願いします。……そういえばユーの森ですが、ようやく気温が平年並みに下がったようですよ」

 


 先月、冒険者たちの協力によって『冷茸の原種』の移植に見事成功した。


 その強力な冷却効果に加え、例年よりも早く秋の涼しさが訪れたことも手伝い、衰弱していた精霊たちも無事に力を回復。森を守る結界も元の強固さを取り戻したようだ。


 これで森の生態系もすっかり元に戻り、豊かな秋の恵みをもたらしてくれるだろう。

 


「それは良かったにゃ。この前来たとき、フンギさんもすっかり安堵していたにゃ」

 

「ええ、これで森に関わる全ての者が安心できますね」

 


 室長が深く相槌を打とうとした、その瞬間。ドーンと広報室の扉が勢いよく開かれた。


「やぁ~。ミニオン君だよ!」

 

 

 気の抜けるような間延びした声と共に姿を見せたのは、噂をすれば影、ミニオン君その人であった。

 

「ミニオン君、お久しぶりです」

 

「依頼があって来たミニ」

 

「今日はどのような内容で? もしかして、シャンピニョンで話していた鍋祭りの件ですか?」

 


 リシオの朗らかな問いかけに対し、ミニオン君はなぜかやや険しい表情を作って重い口を開いた。

 


「祭りの飾り付けに使うパンプキン集めを手伝って欲しいミニ」


(……パンプキン集め? それだけで、なぜあんなに深刻そうな顔を?)

 


 いつもの陽気な彼とはどこか雰囲気が違うことに微かな違和感を覚えつつも、リシオは営業用の笑顔を崩さずに対応する。

 


「承知しました。詳しいお話を伺いますので、二階の応接ブースへどうぞ」

 

「わかったミニ」


 

 ◇◇◇


 とある洞窟の奥深く。

 

 凶悪な魔獣が棲まうような薄暗い場所に、およそ似つかわしくない一匹のカピバラが身を潜めていた。

 


(ここなら安心……。もう血に飢えた冒険者どもに遭遇するのはゴメンばら……)

 


 先月、冷茸の群生地を占拠していたところ、突如としてなだれ込んできた冒険者の集団に追われ、命からがら逃げ延びてきたカピバラ。


 その真の姿は、ライチェルという名を持つ歴とした魔人である。

 


(さすがのアニキも、あの数の冒険者を相手にしたら無事じゃ済まないだろうな……。本当に申し訳ないばら。俺がもっと強ければ……)

 


 深くため息をつき、がっくりと肩を落とすライチェル。

 

 もっとも、今は丸っこいカピバラの姿であるため、肩がどこにあるのか傍目にはよく分からないのだが。

 


(これからどうしようばら……。いっそこのまま、ただのカピバラとして生きた方が平和に暮らせるんじゃないかな……)

 


 ライチェルは上位存在である魔人でありながら、生まれつきどんくさいため、同族の仲間たちからは常にバカにされて生きてきた。


 いつかは奴らを見返してやろうと野心を抱いてはいるものの、空回りばかりで現状は何一つうまくいっていない。


 そんなどん底の状態だった自分を見捨てず、唯一気さくに声をかけて拾ってくれた恩人が、他でもないアニキであったのだ。


 真名こそ聞いたことはないが、アニキは落ちこぼれのライチェルを快く受け入れてくれた、面倒見のよい数少ない魔人の同胞だったのだ。


「はぁー」とため息を吐き、物思いに耽るライチェル。


 幸い、先日まで占拠していたあの洞窟と同様に、ここも湿気が多くキノコが豊富に自生している。


 毎食キノコ尽くしになってしまうのが難点だが、当面の食料に困ることはない。


 血に飢えた冒険者に遭遇する危険もなく、洞窟の奥でささやかなカピバラライフを送り始めてから数日後。彼の前に、思いがけない珍客が現れた。

 


「おお〜! ここはやっぱりキノコが豊富ミニ!」 

 


 歓声を上げて現れたのは、一匹のミニオンであった。

 

 冒険者相手であれば絶対に姿を見せたくないライチェルだが、現れたのが下位の魔物であるミニオンならば話は別だ。


 すっかり警戒を解き、岩陰から気がねなくのっそりと姿を現す。

 


「おい、そこのミニオン。こんな奥地で何か用事ばら?」

 

「うわっ!? カピバラが喋った! ビックリしたミニ。僕はミニオン君だよ」

 

「それはこっちのセリフばら。ミニオンがペラペラ喋るなんて聞いたことないばら……。俺は……。見ての通り、ただのカピバラさ」

 

(本当はライチェルという誇り高き魔人だけどな)と、心の中でひっそり言い訳のように付け加えるライチェル。

 


 しかし、そんな彼の葛藤やプライドなど知る由もないミニオン君は、「よ~しよしよし」「もふもふミニ!」と無邪気に歓声を上げ、ライチェルの丸くて愛らしいフォルムを容赦なく撫でまくり始めた。

 


「気安く触るなよばら!」

 

「このもふもふの感触はたまらないミニ。最高だね、カピバラ君!」

 

「だから、ライチェルばら……」


(しまった、うっかり真名を名乗ってしまったばら……)と一瞬焦ったライチェルだったが、相手がただの下級魔物であるミニオンなら問題ないかとすぐに開き直る。


 ミニオンの顔は個性的で表情が分かりにくいが、今のミニオン君が満面の笑みを浮かべてご満悦であることだけは確実に伝わってきた。


 つい先日も、前の洞窟でフンギに遭遇した際、同じように散々撫でまくられた屈辱を思い出し、ライチェルは心底不満げにフンッと鼻を鳴らした。

 


「で、ミニオン君。お前はこんな奥深くまで何をしに来たばら?」

 

「ハッ、そうだったミニ! もふもふに夢中ですっかり忘れるところだったけど、キノコを採りに来たミニ!」

 


 言って、トコトコと辺りを探し始めるミニオン君。

 

 彼が得意げに語った説明によると、この洞窟は仄かに発光する光茸(ひかりだけ)の僅かな明かりを糧として、多種多様なキノコが育つという、特殊で不思議な生態系を持った場所らしい。


 呆れて見守るライチェルの前で、ミニオン君は手慣れた様子で次々と目当てのキノコを採取していく。


 と、その時。ぐうぅぅ〜っ……。


 静かな洞窟内に、カピバラのぽっこりとした腹部から、なんとも間抜けで大きな音が響き渡った。

 


「……お腹が減っているニカ?」

 

「そのようばら……」

 


 丸っこい身体を縮こませ、気まずそうに顔を逸らすライチェル。


 実のところ、本来の魔人としての姿を隠し、このカピバラへの変身状態を維持し続けるのには、それなりの魔力と莫大なエネルギーを消費する。


 そのため、草食獣のようにこまめに栄養を摂取しなければならないという、切実な事情があったのだ。

 


「ここは食材が豊富だから、僕が特製の鍋料理を振る舞うミニ!」

 


 そう言うと、ミニオン君はバックパックから携帯用の鍋セットを取り出し、手慣れた様子でササッと組み立てて手早く調理を開始した。


 同じくバックパックから取り出した小瓶の液体、こだわりの出汁と思われるものを鍋に注ぎ、火にかける。


 メインの具材は、もちろん今しがた採れたばかりの新鮮なキノコ。


 それに加えて出所不明の謎のお肉や、森で採取してきたという山菜を、小さなまな板の上でトントントンと器用にカットしていく。


 出汁がぐつぐつと食欲をそそる音を立て始めた絶妙なタイミングで、切った具材を順番に投入。


 それから数分後、あっという間に芳醇な香りを漂わせる鍋が完成した。

 


「特製キノコ鍋の完成ミニ!」

 


 ミニオン君は手際よくバックパックから取り皿とお箸を取り出すと、綺麗に取り分けた熱々の鍋をライチェルの前にスッと置いた。

 


「……これ、どうやって食べればいいばら?」

 


 ライチェルは目の前に置かれたお箸と、自分の丸っこくて短い前足を交互に見比べながら、困惑した声で呟いた。


 当然だが、獣の前足で器用に箸など持てるはずがない。


 普段のライチェルは、食事の時だけこっそり魔人の姿に戻るか、カピバラの姿のままで食べる時は、完全な草食動物としてお皿から直接口で食べるようにしている。


 だが、いくら気安い相手とはいえ、ミニオン君に真の姿(魔人)を明かすつもりは今のところなかった。

 


「ハッ! 気付かずに申し訳ないミニ。そのもふもふのお手々なら、スプーンは使えるニカ?」

 

「なんとか使えるばら」

 


 ライチェルが洞窟の壁に背を預け、人間のようにどっこいしょと地面に腰を下ろすと、ミニオン君はバックパックから木製のスプーンを取り出して彼に手渡した。

 


(前足で器用にスプーンを使って飯を食うカピバラなんて、この世に存在しないと思うんだが……。怪しいとは微塵も思わんのかね、ミニオン君は)

 


 手渡されたスプーンを見つめ、心の中で静かにツッコミを入れるライチェルであった。


 しかし、背に腹は代えられない。短い両前足でスプーンの柄を挟み込むように器用に持ち、取り皿から熱々のスープをすくって口の中へ運んだ。

 


 その瞬間。

 

 新鮮なキノコや山菜、そして謎のお肉から染み出した極上の旨味が、ぶわっと口の中いっぱいに広がった。

 


「……う、旨いばら!!」

 


 あまりの美味しさに、ライチェルは丸い目をカッと見開いて、心の底からの感嘆の声を漏らした。


 その心からの叫びは、料理を作った者にとって最高の褒め言葉である。ミニオン君は心底嬉しそうに満面の笑みを浮かべた。

 


「ところで、ライチェルはこんな奥深くで何をしているニカ?」


「それは……」

 


 どう誤魔化すか一瞬悩んだライチェルだったが、沁み渡る鍋の旨さで少し心が解れていたこともあり、変に見栄を張らず正直に答えることにした。

 


「……同族の仲間にバカにされて、居場所がなくて逃げているばら」

 


 それを聞いたミニオン君は、理由を深掘りすることなく、ただ黙ってコクンと頷いた。


 そして再びバックパックをごそごそと探ると、白く濁った液体の入った瓶と木製のコップを取り出した。ポンと蓋を開け、とくとくとコップになみなみと注いでいく。

 


「キノコ酒ミニ」

 


 ライチェルは短い両前足で器用にコップを受け取ると、一息にその酒をあおった。

 


「プッハー」

 


 思わず口にした直後、カッと焼け付くような強烈な熱さが、食道から胃の腑へと一気に落ちていくのを感じた。


 相当度数が高い酒なのだろう。だが、これまた格別に旨い。


 旨い鍋と酒が五臓六腑に染み渡り、ライチェルの丸い目から思わずポロポロと涙がこぼれ落ちた。


 昔、どん底だった自分を拾ってくれたアニキと出会った夜にも、似たようなことがあった。その懐かしさと温かさに、すっかり涙腺が緩んでしまったらしい。


 あの優しかったアニキはもう戻ってこないかもしれない。


 だが、今目にいるこの不思議なミニオン君なら、心にぽっかりと空いた隙間を埋めてくれるのではないか……。

 


「……ミニオン君。お前、本当にいい奴ばらね」

 

「困ったときはお互い様ミニ!」

 


 えへん、と誇らしげに胸を張るミニオン君。


 実のところ彼は、これまでも困っている者を見かければ種族を問わず声をかけ、己の出来る範囲で助けてきた、とても心優しいミニオンなのである。

 


「ところで、カピバラ君はこれからどうするニカ?」

 

「だから、俺の名前はライチェルだって……」

 

「同じ鍋をつついた君は、なべ友ミニ! だから親しみを込めて、カピバラ君って呼ぶミニ!」

 

「はぁ……。もう、それでいいばら」

 


 呆れつつも、ライチェルの口元には自然と柔らかな笑みが浮かんでいた。


 ミニオン君にとって、「自分の作った鍋を一緒に食べた者」は無条件で全員友達であり、親愛の情を込めて、なべ友と呼ぶのが揺るぎない信条であった。

 


「もし行くところが無いなら、ウチに来るニカ?」

 


 ライチェルのこれまでの身の上話や様子から、(コイツは今、本当に帰る居場所がないに違いない)と直感で察知したミニオン君。


 幸い、彼の家には使っていない空き部屋があったため、これも何かの縁だと持ち前の優しさで誘ってみることにしたのだ。

 


「ミニオン君の家に?」

 

「そうミニ。ウチにはミニオンちゃんも同居してるけど、カピバラ君ならきっと大丈夫だと思うミニ」

 


 思いがけない提案を受けたライチェルは、短い前足で顎を撫でるような仕草をして考え込んだ。


 確かに、この薄暗く湿った洞窟の奥深くで、この先ずっとひとりでカピバラとして隠れ暮らしていくのは流石に寂しいものがある。


 目の前にいるミニオン君は文句なしのいい奴だし、何より彼についていけば、これからもあの絶品鍋のような美味しいご飯にありつけるに違いない。


 ずっと居候する気はないが、心に出来たこの隙間が少し埋まるまで、彼を頼って羽を休めるのも悪くない選択肢に思えた。


 そして何より、ライチェルの直感が導き出した答えはYesであった。


 ◇◇◇


 ミニオン君が住まうミニオン王国は、ブリタニアとは小さな穴を介して繋がっているのだが、その空間的な仕組みはライチェルにもさっぱり理解できなかった。


 ミニオン君曰く、外界へ繋がる穴の位置は一定ではなく、定期的に移動するらしいのだ。


 現在の入り口は、ユーの森の奥深く。立派な大木の根元に、ぽっかりと不自然な穴が開いていた。

 


「この穴の先に、僕が住むミニオン王国があるミニ」

 


 入り口の大きさは、カピバラの姿であるライチェルなら余裕で通れるサイズだ。


 人間であっても、這いつくばるようにしゃがめば通れなくはないが、少なくとも重武装した冒険者が入り込むことは物理的に不可能だろう。

 


(これなら追っ手が来る心配もないばら)と、ライチェルは密かに安堵の息を吐いた。

 


 ミニオン君を先頭にして、ライチェルは穴の中へと足を踏み入れる。


 トンネルの内部は光苔(ひかりごけ)が自生しているおかげでうっすらと明るく、足元も確認できるため安心して進むことができた。


 だが、湿気を帯びた苔のせいで地面が非常に滑りやすく、四足歩行のカピバラでも油断は禁物である。短い足を滑らせて転ばないよう、ライチェルは慎重にミニオン君の背中を追った。


 やがて、トンネルの先に出口と思われる眩しい光が見えてくる。


 ぽんと外へ飛び出したライチェルの目に飛び込んできたのは、到底信じられない驚きの光景であった。

 


「地底に潜ったはずなのに、空があるばら……」

 


 ライチェルは、ミニオンたちはてっきり地底の薄暗く大きな空洞に群れて住み着いているのだろうとばかり思っていたのだ。


 しかし、眼前に広がる風景は地上のそれと何ら変わらない。


 はるか奥には青々とした山脈が連なり、見上げる空には白い雲までぽっかりと浮かんでいる。豊かな森が広がり、鳥や動物たちの気配すら生き生きと感じられた。

 


「ようこそ、ミニオン王国へ! まずは王様に挨拶しに王城へ向かうミニ」

 

「……ついて行くばら」

 


 トコトコと、綺麗に整備された石畳の道を進む二人。

 

 街が近いからか、秋の豊かな収穫物を大量に背負った荷馬やラマと頻繁に見かけるようになった。


 行き交う者は圧倒的にミニオンの数が多いものの、人間やガーゴイルの姿も散見されることから、決して外界に対して閉鎖的な国ではないことが窺える。

 


(あの荷馬たちの様子を見るに、俺が通ってきた狭い穴以外にも、外界と繋がる馬用の大きなルートがどこかにあるのかな)

 


 活気あふれる街道の様子を眺めながら、ライチェルは感心したように口を開いた。

 


「ミニオン君の住む国は、随分と豊かそうばらね」

 

「そうミニ! 王城にいるお偉いさんたちは頭の固い奴らが多いけど、それ以外の国民はみんな気さくで楽しい奴らばかりミニ。きっとみんな、カピバラ君のことを大歓迎すると思うミニ」

 


「それは楽しみばら」

「ところで、カピバラ君が前に住んでいたのはどんな国ニカ?」

 


 その問いかけに、ライチェルはミニオン君でもはっきりとわかるくらい、ひどく気を落とした様子を見せた。

 

 少しの間が空いた後、彼はぽつりぽつりと、ゆっくり自身の故郷について話し始めた。

 


「俺の生まれ育った場所は……強き者は富み、そうでない弱者はひたすら搾取されるようなところばら」

 


 さすがに魔人の国と正直に明かすわけにはいかないため、そこは上手く言葉を濁すことにした。


 ライチェルの故郷である魔人の国は、このミニオン王国とは違い、穴でブリタニアと繋がっているわけではない。


 高位の魔術師が展開する特別なゲートを使ってのみ行き来できる閉鎖的な空間なのだ。


 ライチェルの面倒を見てくれていたアニキは魔術を非常に得意としており、その彼のおかげで、ライチェルはブリタニアへやって来ることができていたのである。


 つまり、ゲートを開けるアニキを失った今、ライチェルは自力で故郷に帰る術を完全に失ってしまっているのだ。

 


「それなら、ミニオン王国は最高ミニ! 改めて、王に代わって歓迎するミニ!」

 

「ミニオン君は王族ばら?」

 

「ううん、単なる一般市民だよ!」

 


 誇らしげに胸を張るミニオン君の姿に、ライチェルはひそかに感動していた。

 


(ただの一般人が、王様に代わって他国民への歓迎の言葉を口にできるほど、王様と市民の距離が近いなんて……なんて素晴らしい国なんだ!)

 


 しかし、これはライチェルの完全な思い違いである。

 

 単にミニオン君の性格が図抜けてフリーダムなだけであり、実際の王室と市民との距離感や身分制度は、他国と大して変わらないのであった。


 そんな魔人の勘違いなど露知らず、トコトコと歩みを進める二人の行く手に、やがて巨大な城壁に囲まれた美しい街が見えてきた。

 


「あれが王都、ミニオンシティだよ!」

 

「……綺麗ばら」

 


 ブリタニアの街に例えるなら、どこか騎士の街トリンシックを思わせるような、白石造りの壮麗な建築様式となっている。


 ミニオン以外の種族も多く訪れ滞在しているためか、建物の造りや扉の大きさは人間サイズに合わせて広々と設計されているようだ。


 郊外の街道も荷物を運ぶ商人や旅人で十分に賑わっていたが、街の門をくぐるとその活気はさらに一段と増した。


 商店の店先には色とりどりの品物が溢れかえり、酒場からは昼間だというのにジョッキをぶつけ合う陽気な笑い声が響き渡っている。


 通りにはいくつもの露店が立ち並び、何かの肉の串焼きから漂う脂の香ばしい匂いが、カピバラの鼻腔を激しくくすぐった。


 人々で賑わうエリアを抜けると、やがて目の前に威風堂々たる立派な王城が見えてきた。


 堅牢な石造りのその壮麗な佇まいは、ブリタニアの首都ブリテインにあるあのブラックソン城よりも立派に見えるほどだ。


 しかし、城の正門には鋭い槍を構え、完全武装した衛兵ミニオンたちが険しい顔で立ちはだかり、二人の行く手を阻んだ。

 

「止まれ! ここから先は、許可のある者しか通すわけにはいかぬ!」

 

 

「ミニオン君だよ。今日は王様に用事があって来たミニ」

 

「出たな! 貴様は王様に対して度重なる無礼を働いている、あの忌まわしき輩ではないか! 用事などと適当な嘘をつくな!!」

 


 衛兵の凄まじい怒気と殺気に、ライチェルは思わず数歩後ずさりして完全にドン引きしていた。

 


「ミ、ミニオン君……お前、王様に一体何をしたばら……?」

 

「色々あったミニ……」

 


 ミニオン君は腕を組み、遠い目をしながら己の過去を振り返る。

 

 王様に対して一切敬語を使わずタメ口なのは、昔からのこと。

 

 ある時などは、あろうことか王様を危険な森の中に放置したまま、自分だけさっさと家に帰ってしまったことすらあった。


当然ながら、城の大臣たちからは「あの不敬極まりないミニオン君に直ちに不敬罪を適用し、即刻始末するべきだ!」という過激な上申書が、幾度となく提出されている始末である。


 普通なら、とっくに打ち首になっているレベルの大罪だ。

 

 それでもなぜか、当の王様本人がミニオン君のやらかしを毎回すんなりと大目に見ているというのが、この国の不思議な現状であった。

 


「それは衛兵さんの反応が正しいばら……」

 

「でも王様は、ミニオン君のマブダチみたいなものミニ!」

 


 もちろんミニオン君が勝手にそう思い込んでいるだけなのだが、その話を聞いたライチェルは、一国の王を完全に対等の立場(むしろ下?)として扱うそのメンタルに心底驚愕していた。


(こいつ……いろんな意味で大物だばら……)


 ライチェルが心の中で戦慄していると、衛兵が鋭い槍を突き出し、ミニオン君にジリジリと詰め寄ってきた。

 


「また王様を愚弄しに来たのなら、今度こそ貴様のお尻に槍を突きさすぞ!」

 

「そんな暇はないミニ。今日は、新しくここの住民に加わるカピバラ君を連れてきたミニ」

 

「ど、どうも……。カピバラをやっている、ライチェルと言うばら」

 

「……そういうことか。それなら通ってよい」

 

(あっさり引いたばら!?)

 


 衛兵たちは見事なまでに態度を一変させ、あっけなく槍を収めると二人を城内へと通した。新住民の案内という正当な理由さえあれば、意外とすんなり通してくれるらしい。


 城内は外見の壮麗さに負けず劣らず、内装もしっかりと精巧に作られており、キョロキョロと周囲を見渡すライチェルはただただ驚くばかりであった。

 


「ミニオンに、ここまでの国と城を築き上げる知性があったなんて……正直知らなかったばら」


「ミニオン君の仲間は、みんな優秀ミニ。そして、ミニオンちゃんは世界で最高に可愛らしくて素敵ミニ!」


「……ミニオンちゃん?」

 


 先ほどの洞窟でも名前が出てきたミニオンちゃん。

 

 同居人のようだが、一体何者なのだろうか? と不思議そうな顔をするライチェルに、ミニオン君は鼻息を荒くして即答した。

 


「僕の天使さまミニ!」

 

「なんだお前、彼女がいるのか!? ……くっ、ちょっとうらやましい奴ばら」

 


 モテない魔人であるライチェルがギリッと歯噛みしつつ、そんな他愛もない雑談を交わしながら王城の廊下を進むうちに、やがて二人の前に、一際立派で巨大な扉が見えてきた。

 


「ここが王様のいる謁見の間ミニ。この時間なら、ちょうど王様が大臣たちから報告を受けている真っ最中のはずだから、みんなにカピバラ君を紹介しやすいミニ!」

 

「……えっ?」

 


 ピタッと足を止め、激しく戸惑うライチェル。

 

 国の中枢を担うお偉いさんたちが勢揃いしている厳粛な会議のど真ん中に乱入して紹介されるなんて、完全に予想外である。


 底辺魔人の小心者メンタルでは到底耐えられそうにない。
 

 重厚な扉の前に立つ、ひときわ屈強な衛兵ミニオンたちが鋭い睨みを利かせるなか、ミニオン君は一切空気を読まずにズカズカと近寄ると、能天気に名乗った。


「やあやあ、ミニオン君だよ!」


 ジャキッ!!

 

 衛兵たちは即座に鋭い槍の穂先をミニオン君の鼻先に突きつける。

 

 

「出たな、貴様! また来やがったのか!!」

 


 今にもそのまま突き刺してしまいそうなほどの凄まじい殺気を放つ衛兵。

 しかし、ミニオン君は微塵も臆することなく、堂々と胸を張って声を張り上げた。

 


「新しくミニオン王国に住みたいと言うカピバラ君を連れてきたミニ! 王様に会わせるミニ!」


「……そういうことか。それなら通って良いだろう」

 

(またあっさり引いたばら!? というか、会議中なのに通していいのかばら!?)

 


 さっと道を開ける衛兵たちを見て、ライチェルは二度目の強烈なツッコミを心の中で叫んだ。

 

先ほどミニオン君に槍を突きつけていた衛兵の相方が、重厚な謁見の間の扉をゆっくりと開く。

 


「王様! ミニオン君が謁見を求めております! 新たな住民を連れてきたとのことです!」

 


 その報告が響いた瞬間、室内からは「またアイツか……」「よりによって会議中に……」と、ミニオン君の名を聞いた大臣たちからの露骨なため息とどよめきが漏れ聞こえてきた。

 
 いざ謁見の間へと足を踏み入れると、居並ぶ重鎮たちの殺気立った視線が、一斉にミニオン君たちへと突き刺さる。


 しかし、当のミニオン君はそんな最悪の空気を微塵も気にすることなく、ズンズンと赤絨毯を進み、玉座の真ん前まで歩み寄った。

 


「やあ王様! ミニオン君だよ! ミニオン王国に住みたいと言うカピバラ君を連れてきたミニ!」


「ど、ども……。カピバラのライチェルと言うばら」

 


 直前まで、ミニオン君に対しては親の仇のように厳しい視線を向けていた大臣たちだったが、ライチェルの丸くて愛らしいフォルムを見た瞬間、劇的にその表情を和らげた。


 そして、あろうことか玉座から立ち上がった王様本人がスタスタとライチェルに近寄ると、「よーしよしよしよし!」と顔をほころばせ、王の威厳もかなぐり捨てて豪快にモフリ始める。

 


(王様まで撫で回してくるのかばら!?)

 


 予期せぬ過剰なスキンシップに困惑するライチェル。

 

 だが、それを黙って見ていられない者がいた。俺のなべ友だと言わんばかりに、ミニオン君も対抗して横からモフモフ戦争に参戦する。

 


「こら王様! この子はミニオン君の大切ななべ友ミニ! いくら王様でも気安く触るなミニ!」

 

「貴様ぁっ! 王様に向かってなんという無礼な口の利き方か!!」

 


 ミニオン君への嫉妬と、王様への不敬に対する大臣たちの激昂した怒号が、謁見の間に響き渡った。


 激昂する大臣たちを、王様がスッと手を上げて制止した。

 


「ようこそ、ミニオン王国へ!」

 


 すっかりモフモフを堪能して満足したのか、王様はコホンと一つ咳払いをして威厳ある態度を取り戻す。


 そしてキリッと表情を引き締めると、ライチェルたちに向けて唐突に話を切り出した。

 


「ライチェルと言ったか。このミニオン王国に新たに住むには、余(よ)の出すクエストをクリアする必要があるのだ」

 

「……クエストをばら?」

 

「王様! そんなルール初めて聞くミニ!」

 

「ついさっき、会議で決まったのだ!」

 


 王様が提示したそのクエストの内容は、近々開催される鍋祭りの飾り付けに使う、パンプキンの調達であった。


 ただパンプキンを集めるだけではない。わざわざ辺境に住む気難しい彫刻家の元へ赴き、祭りに相応しいデザインを直接彫ってもらう必要があるのだという。

 


「王様! その彫刻家はすっごく癖の強い奴ミニ! まだ来たばかりのカピバラ君に行かせるなんて、完全なハラスメントミニ!」

 


 これにはたまらず、強い口調で猛烈に抗議するミニオン君。

 


「だいたい、王様自身が出来ないようなことをカピバラ君に課すなんて卑怯ミニ! 人にやらせるなら、まずは自分でやって見せるべきミニ!」

 

「貴様、また余を愚弄する気か!」

 

「……えっ?」


 一瞬にして凍りつく謁見の間の空気に、ライチェルは完全にドン引きしていた。


(おいおい、この国……というかこのミニオン君、本当に大丈夫かよ……)


「そういうところが王様の悪い癖ミニ。そこを直せば、一般市民にももっと好かれる立派な王様になれるとミニオン君は思うミニ」

 

「じょ、上等ではないか! ならば余が自ら手本を見せてやろう!」

 

「お、お止めください王様! また森で行方不明になられたら国の一大事です!」

 


 売り言葉に買い言葉で自ら辺境へ行こうとする王様と、必死にすがりついて止める大臣たち。


 そんなカオスな状況の中、怒り心頭の衛兵がミニオン君に立ちはだかった。

 


「ええい、ミニオン君! 王様に対してまたも無礼極まりない! 許せん、成敗してくれる!」

 


 ブスッ!

 

 衛兵の鋭い槍の穂先が、ミニオン君の無防備なお尻を突いた、その瞬間。

 

 ブゥゥゥゥーーーッ……!!

 

 謁見の間に、腹の底に響くような重低音と共に、致死量レベルのすさまじい悪臭が爆発的に漂い始めた。

 


「昨夜、ミニオンちゃん特製の激増しニンニク料理をたらふく食べたから、ちょっと臭いミニ……」

 


 あまりの破壊的な臭さに、槍で突いた衛兵は白目を剥いてその場に倒れ伏す。

 

 そして後方にいたライチェルも、カピバラ特有の鋭い嗅覚が完全に仇となり、一瞬にして意識を刈り取られてその場にパタリと倒れ込んだ。


 放った張本人であるミニオン君ですら意識を失いそうになっているほどの超弩級のガス攻撃に、ついに王様までもが耐えきれず床に片膝をつく。

 


「ゴホッ、ゲホッ……! み、ミニオン君……ッ! 貴様、余を殺する気かぁぁっ!」

 

「これは流石に申し訳ないミニ。でも、衛兵さんがミニオン君のお尻に槍を刺したのが原因ミニ。つまり、その衛兵を雇っている雇用主の王様にも原因があるミニ!」

 


 開き直りにも程がある暴論を叩きつけると、ミニオン君は「今日はこれで帰るミニ!」と言い放ち、白目を剥いて気絶しているライチェルをひょいっと自分の頭の上に載せ謁見の間を足早に後にした。

 

 部屋の外に出ると、異変に気付いた城内の衛兵たちが血相を変えて押し寄せ、大混乱に陥っていた。

 


「謁見の間で正体不明の異臭が発生している! 早く医療チームを呼べ!」

 

「大変だ、王様が倒れられたぞぉーっ!!」

 


 王城内はまさにパニック小説さながらの混乱の極みであった。

 

 しかし、そのドサクサは原因を作ったミニオン君にとって、悠々と城を抜け出す絶好の脱出チャンスでしかなかった。


 混乱をくぐり抜け、無事に我が家へと帰り着いたミニオン君。

 

 家で待っていた同居人のミニオンちゃんは、彼が頭の上に丸っこいカピバラを載せて帰ってきたことにひどく驚いたが、事の顛末を聞くとニコニコと笑い、新たななべ友であるライチェルを温かく歓迎してくれたのであった。

 


 そして、翌日。

 

 ミニオン君と、すっかり元気を取り戻したライチェルは、昨日王様から押し付けられたクエスト(鍋祭り用のパンプキン調達)をこなすべく、意気揚々とパンプキンを栽培している農家へと向かったのだが……。

 


「……これは厳しいミニ」

 

「……無理ばら」

 


 現場で起こった、あまりの難易度の高さを前に、二人は即座に悟った。


 かくして二人はあっさりと自力での解決を諦め、優秀な助っ人を求め広報官室へ向かうのであった。