~エピローグ~ ロイヤル・ブリタニアン銀蛇自警団

ファントム卿は詰め所に戻ると重いマントを脱いで椅子の背に掛け、左腕についた砂埃をパンパン!と小気味良い音を立てながら右手で払った。ブラックロックの採掘場跡地での戦闘の名残か、詰所の白い床に落ちたいくらかの砂がわずかに黒ずんで見えた。 少しだけ左腕の昔の古傷が疼いたような気がしたが、一度は失くした命ではないか、痛みを感じるのは君が生きている証拠だよ、と、その昔ベイン軍との戦いで負傷し、朦朧とした意識の中で収容されたユーのヒーラー小屋で声を掛けて来た白髪まじりの長髪にメイジ帽をかぶった男のことをファントム卿はぼんやりと思い出していた。 さて、次はブラックソーン城で閲兵式の段取りを考えなくてはならない。まだまだゆっくりしてはいられない。ファントム卿は苦笑しながら机に向かうと羽ペンを手に取り、たちまちの内に作業に没頭して行った。詰所の外では一人の団員がしばらく中の様子をうかがっていたが、そんなファントム卿の様子を見て微笑みながら一度は取り出したワインのボトルをバックパックに仕舞い込み、そっと詰め所を後にしようとしていた。その時だった。

「 サー・ファントム! ずいぶん探したよ。」

やや甲高いかすれた声とともに、ブルーグレーのメイジ帽をかぶった男が詰め所にずかずかと入りこんで来た。

「スーテック殿! なぜここに……?」

メイジ帽の男はまったく意に介さぬといった調子でファントム卿の言葉を遮ってまくしたてた。

「はて?ああ、そのことなら心配ない。ブラックロック発見装置の部品であるボルテックス・コアはほぼ回収できている。コーガルグリナとジョグガンドも連れ戻した。あとは君だけだよ。サー・ファントム!」

「……何のことです?」

「そんなに怖い顔をするんじゃない! 君が怒るのはもっともだ。カーラにはかわいそうなことをしたが、まさかブラックソーン城が暴徒の手に落ちるとは思わなかったのだよ。まさかボルテックス・コアが調度品に紛れて盗品故買者の手に渡るとはね! あそこならば安全だと思っていたんだ。だから隠しておいたのさ。とにかく全量ではないがほぼ回収できた。さあ、時間がないぞ。我々とFoAの残党との戦いはまだ終わったわけではない。行こう!」

ファントム卿はいつものあのいやな頭痛がして来たのを感じながら、忍耐強く尋ねた。

「……ですから、どこへ行くんです?」

「はて?何を寝ぼけているんだね?私の研究所に決まっているだろう。コーガルグリナとジョグガンドもいる。どちらも孤児と身寄りの無い異端のオークを選んだつもりだ。コーガルグリナはよく出来た“作品”だった。しかし出来が良すぎた。出来が良すぎて密かにFoAの残党と手を組むオフィディアンに目をつけられ、軟禁されてしまった。私は彼女の能力が悪用される前に抹消するため、ジョグガンドを作った。FoAの残党がブラックロック発見装置の再現をたくらみ、邪悪な魔法の復活をたくらみ、世界最終戦争への準備を着々と進める間、使役するオークブルートとして彼を潜入させたのだ。しかしジョグガンドは情にもろすぎた。使役するオークブルートたちを開放し、コーガルグリナを助け出そうとした。」

スーテックと呼ばれたメイジ帽の男は、ここまでしゃべり終わると机の上に置かれていた水差しからコップに勝手に水を注いで一気に飲みほした。そしてにわかには信じがたい話に驚きつつも、ジョグガンドの悲しげでもの言いたげな瞳を思い出してしばし絶句するファントム卿のことなどまるで眼中にないかのように続けた。

「そして次が君だ。サー・ファントム。」

「え?!」

「ベイン軍との戦いで重傷を負ったある戦士を私は助けた。あのままではおそらく……。彼は助からなかったに違いない。私はかろうじて使い物になると思われた彼の脳と、内蔵の一部と、皮膚組織を使い、君を作った。君のミッションはジョグガンドから情報を入手し、FoAの残党のアジトをつきとめ、壊滅することであった。だがどうにも……。うむ、その、君は失敗作だったようだ。」

「!!! スーテック殿! お待ちください。つまりその、あなたは私が人造人間だとおっしゃるのですか?あなたの手による半機械人間だと?はっはっはっはっ! 冗談にも程があります! 私は生身の人間ですよ。」

だがこの時、めったに視線を合わせないこのせわしない男が自分の目を真っ直ぐに見つめているのに気が付き、ファントム卿は何かに射抜かれたかのように心に激しい痛みを覚えた。

「サー・ファントム。残念だが、君のほくろの位置まで私は正確に知っておるよ?そこと、ここと…… 耳元でささやく

「……。」

「さあ、わかったね?行こう。」

背を向けて歩き出そうとするメイジ帽の男に、ファントム卿はやっとのことで声を絞り出して尋ねた。

「スーテック殿。それで、研究所に行ってどうしようと言うのです?」

「何を言うんだね?“解体”するに決まっているじゃないか。」

「!!!!!!!!!! ちょっと! ちょっと待ってください!」

「とりあえず3体とも解体して先のことはこれから考えよう。さ、行こう。あ、こら! 待て! 逃げるんじゃない! こら!」

物陰に隠れてこの一部始終を見聞きしていた団員はたまらず声を上げた。

「団長!」

ファントム卿は団員に気付くと駆けよってその手を取り、一緒に走り出した。走りながら自分の一語一句を団員の脳裏にしっかり刻み込もうとするかのように、わずかにはずんではいたが、いつものように歯切れのいい声でこう言った。

「君たちのことはジョフリーがよくしてくれるだろう。安心して彼について行くといい! 私? 私のことは心配するな! またいつか、どこかできっと会える! それまで元気で! ああそうだ! ハロウィンだけどお菓子を食べ過ぎるんじゃないぞ! では! またいつか、会える日まで、さようなら!」

手が離れた。団員は遠ざかって行くサーファントムの後ろ姿に向かってありったけの声で叫んだ。

「ロイヤル・ブリタニアン銀蛇自警団 サー・ファントム団長! 万歳!」

- Fin -